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子供のときの自分を、大人の自分で救おう:『自転車屋さんの高橋くん』感想

映像化計画進行中らしいので、人気が爆発する前に記事にしておきたいぞ!(爆発しちゃったらたぶん私の記事は埋まっちゃうからネ…、もう既にマンガは大人気だけど…)と思いまして。

 

今日は(主に)岐阜を舞台にしたマンガ『自転車屋さんの高橋くん』の話。うぇいうぇーい。

(↑もりもり食べる女の人が好きなので、私は2巻の表紙が特に好き。日常的なご飯描写もとてもいいマンガなのです!ちょっと80年代の風を感じるような絵もかわいい)


飯野朋子(はんの・ともこ)は30歳の女性会社員。会社でセクハラされたり仕事を押し付けられたりしても、曖昧に笑ってやり過ごし、はっきり嫌だと言えない性格。同僚キミちゃんと軽口をたたき合ったり、食べるのを楽しみにしながら、働いていた。


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(『自転車屋さんの高橋くん』1巻より引用。キミちゃんに、苗字と名前を縮めて「パン子」と呼ばれている朋子。朝食は欠かさないので、遅刻しそうなときはパンをくわえて出勤する。「『飯』野」さんなのにパン子って呼ばれてるの面白い)

ある日、朋子の自転車(ディープインパクトという名前・笑)のチェーンが外れたところに、ヤンキー風の青年(高橋遼平/たかはし・りょうへい、26歳)が通りかかり、チェーンを直してくれる。

 

その後、またばったり遼平に再会した朋子は「自転車ウチ持ってき」と言われ、彼が自転車屋であることを知る。

後日、彼の店で自転車を直してもらったのだが、手持ちが少なくて代金が払えなかった朋子。遼平を怖い人だと思って何を要求されるか不安に思っていたところ、代金の代わりに「晩メシ奢ってや 今日」と言われ、彼の友達(まさやん)が営む中華屋に行くことに。
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(『自転車屋さんの高橋くん』1巻より引用。もりもりおいしそうに食べる朋子を見て、思わず微笑んでしまう遼平。水餃子食べたいー)


はっ、いかんいかん、取り分けせねば、とつい配慮してしまう朋子を「てめぇで食いたいだけ取ったほうがうめぇし」と遼平が止め、朋子も笑う。


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(『自転車屋さんの高橋くん』1巻より引用)

 

…と、このあたりで。「ここをネタバレしたところでたぶん大きな支障はない」と踏んで書いちゃいますと、こうしてちょっとずつそれぞれの人間味に触れていったふたりは、後日恋仲になります。いえーい。

世の中には、くっつくかくっつかないかのハラハラから先はマンネリ…になっちゃう恋愛マンガも多い。ですが!このマンガは違う!このマンガの真骨頂はここからだ!!

 

私が思うに、このマンガは「自分の気持ちの出力がうまくできない二人が、コミュニケーションを重ねていくことで少しずつよりよい出力ができるようになっていく」物語なんす。

中華屋のまさやんとカナエちゃんの息子、ショータがうまく話せないっていうこのシーンを入れてるのも、そんな理由からだと思ってる。


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(『自転車屋さんの高橋くん』3巻より引用。カナエちゃんのセリフ、「上手に言わんでええで ゆ――っくり教えたりゃあ」が、この作品のテーマなんじゃないかな。(そして松虫さんの描く小さい子供たち、ほっぺたと手の動き(大人の服つかみがち)がみんなほんとにかわいい))


一見、ともちゃん&遼平くんカップルは「自分の思ったことを言えない人/言える人」っていう正反対の人たちのように、描かれてるように見える。
でも本当は、二人は似ている。「自分の気持ちを、上手に出力するのが苦手」っていう点で。

ともちゃんは、自分が嫌だと思ったことを、すぐに嫌だと言えない人。というか、嫌だと思った感情を押し込めて生きてきたせいで、自分自身嫌だと感じているかどうかも見えなくなっている。


以下は、ともちゃんが嫌なことを嫌だと言えないことについて、彼女の同僚のキミちゃんと遼平くんが話しているシーン。


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(『自転車屋さんの高橋くん』3巻より引用。これは結構…フェミニズム的な観点でもあるねって思う…。はっきり物を言う女性、それだけで「怖い」って言われがちだからね…処世術としてそうなっちゃう女の人はすごく多いよね、特にきっと日本では)

遼平くんは、自分の心がざわざわしたときにそれを「怒り」として表現したり、「忘れた」ってうやむやにしたりしちゃう人。

 

二人とも、自分では押し込めてしまっていた自分自身の感情を相手に見つけてもらったり引き出してもらったりして、少しずつネガティブな感情をきめ細やかに表現できるようになっていくのです…!うっうっ(号泣)。

 

以下は、家族への複雑な思いを、遼平くんがともちゃんに少しだけ見せるシーン。

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(『自転車屋さんの高橋くん』3巻より引用。遼平くんが、今自分は心を整理している段階なんだって自分でも把握できたこと、相手にそれを正直に話せること、相手が話せるまで待っててくれてること、全部が素敵だなと思う)

そして、もう一つのテーマかなと思うのが、「人は、子供のとき感じていた寂しさを自分で『寂しかった』と認めることができたら、大人になってからその傷を癒すことができる」ってこと。まあこれは、最初に書いたテーマと不可分というか、最初に書いたテーマの枝みたいなものだと思うけど。

 

私は今30代なんだけど、大人になってしみじみ感じていることが一つある。
それは、「親(というか自分を育てた人)との関係で寂しかった気持ちを真正面から自分で受け止めないと、人間は何歳になってもそれを引きずり続けるんだな」ってこと。

私の祖母は、自分が養子に出されたことをずっと怒ってた。それはむしろ怒りっていうか、「どうして私をそばに置き続けてくれなかったの?」っていう寂しさ・悲しさだと思う。彼女は、自分の子供や孫に誕生日を祝ってもらえなかったり、訪問してもらえなかったりするといつも怒り狂ってた。相手を攻撃して縛り付けないとやりきれないほど、底なしの寂しさを持っていたんだろう。

私の母は、文字通り死ぬまで「自分の父親になんとか自分の秀でたところを褒めてもらい」って思って、努力しまくってた気がする。努力することをやめたら、自分のアイデンティティがなくなっちゃうみたいにふるまってたし、自分の子供たち(つまり私と私のきょうだい)にも努力のすばらしさと説いてた。父親に褒めてもらえなかったことを、子供の私にまで話してた。


マンガの話に戻ると、特に遼平くんは、何回も子供っぽい言動が描かれている。
頼りになってかっこいい遼平くんにもこういう一面があること、かわいいなー魅力的だなーと思って読んでたけど、だんだん「彼は幼少期をやり直そうとしているのかも」って思うようになって、少し悲しくなった。

 

ある人が大人になれてるかどうかは、年齢とか、社会的地位とか、結婚してるかとか子供がいるかとかではわからない。子供だった頃の自分の痛みを、大人になった自分が無理やり閉じ込めたり無視したりせずに受け止めて向き合えてるか?じゃないかな。感情を封じ込めることって本当は不可能だと思うから、子供の頃の自分の思いに向き合わないと、いつか周りを攻撃する力に転じちゃったり、病気になったりしちゃうと思う。

(こちらも素晴らしかったのでまたいつか感想が書きたいのだけど、最近読んだ『かなわない』というエッセイでも、そういうことが綴られていたと感じた↓)

かなわない

かなわない

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(そういえばこの本も表紙がパンですな。いい表紙)

でも、遼平くんは少しずつ、子供の頃の自分の寂しさに向き合えるようになっていっていると思う。ともちゃんとお互いに、自分の子供時代の傷を癒しあえる関係になっていっていると思う。こういうカップルを、というか人間関係を、「理想」と呼ぶのだと思うのよ。

 

最後に、「背景の描きこみが細かいマンガの、後ろのほうを読んで楽しむ」趣味を持ってる私のときめきポイントを書いてもいいですか。


遼平くんには、高校のときからのテルちゃんっていう友達がいるんですけど。
遼平くんの家にも、テルちゃんの家にも、二人で(たぶん高校卒業式のときに)撮ったと思しき写真が飾ってあるんですよーー!!


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(『自転車屋さんの高橋くん』3巻より引用。遼平くんちの壁)

 


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(『自転車屋さんの高橋くん』4巻より引用。テルちゃんちの壁)

 

(テルちゃんが違うポーズをしてるっぽいから、焼き増ししたんじゃなくてそれぞれのカメラで撮ってもらった写真なのかな?たぶんカナエちゃんが撮ったと見てますがどうでしょうか。遼平くんの部屋はよく見ると、遼平くんが小さいとき一緒に寝てたゴジラ(?)とかもいて激アツです)


そんなわけで何度でも楽しめる『自転車屋さんの高橋くん』、とってもおすすめです!

 

今のところ、1巻はKindle Unlimitedの対象にもなっていますぞ~。

(高橋くんの髪型は、ブラックジャックリスペクトでこのデザインなのかなっていうのもひそかに思っているんですけど…どうでしょうか…)

 

(映像化企画、たぶんドラマかなーと思うんだけど、ドラマ化されたら全国のチョコチップパンの売り上げが爆増するだろうなー)