螘サンバカーニバル

けそのブログだよ

コンテンツ月記(令和四年、霜月)

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(2020年にアルゼンチンはウシュアイアの国立公園で撮った写真。そんなに期待してた場所じゃなかったんだけど、最近また行きたいと一番思ってる場所はここである。広くていいんだよね…)

 

読んだもの、観たものを、書きなぐりのメモで記録します。完読できてないものも、書きたいことがあったらメモします。すでに長めのレビューを書いてるものや書く予定のものは、基本的に除いてます(…と言いながら、ここで書いてる感想も割と長いんだけど)。


ちなみに今期のドラマは、『ジャパニーズスタイル』と『自転車屋さんの高橋くん』は好みに合わず離脱してしまいまして、『エルピス』だけ追っています。『エルピス』面白いですね~、気になるところも、一部あるにはあるのだけど(記事の後半で詳述します)。
最近のドラマって配信でスピンオフやるのが流行ってる気がするんだけど、いつもはこういうスピンオフ作品って観ません(観たいものが渋滞してるから)。でも、『エルピス』のTVer限定スピンオフ『8人はテレビを見ない』は本編の謎解きに絡んでるかもしれないので観ています…ここでにおわされてることが怖いんだよね…(『エルピス』ご覧になってる方向けに、この記事の一番最後に、スピンオフの3話目までで「におわされてること」を書いておきます(ちなみに0話があるので、この記事を書いてる時点で公開されてるスピンオフは4本ある))。

 

…ということで例によって前書きがながーくなったけど、本編入ります!

 

==評価基準(特に記載したいときだけ)==
\(^o^)/ 乾杯。愛。最高の毒なり薬。
φ(..) 特別賞(今後思い出すだろうシーン有等)
==ココカラ==

 

 

映画

セデック・バレ(第一部太陽旗/第二部虹の橋)\(^o^)/

第二次世界大戦周辺の時代の、加害者としての日本の歴史をちゃんと知らないといけないよな…と最近特に思っていて、それで観た映画。台湾で起こった「霧社事件」を題材にした映画で、第一部・第二部をあわせると4時間36分あるのだけど、この長さはちゃんと必要で、そのすべてを観ないといけない作品だと思った。こういう歴史を無視しているから、W杯で気軽に旭日旗かかげちゃう人とか出てきちゃうんだから…。

あらすじ↓

台湾中部の山岳地帯に住む誇り高き狩猟民族・セデック族。その一集落を統べる頭目の息子モーナ・ルダオは村の内外に勇名をとどろかせていた。1895年、日清戦争で清が敗れると、彼らの暮らす山奥にも日本の統治が広がり、平穏な生活は奪われていく。それから35年、頭目となったモーナは依然として日々を耐え抜いていた。そんな中、日本人警察官とセデック族の一人が衝突したことをきっかけに、長らく押さえ込まれてきた住民たちが立ち上がり…。

『セデック・バレ』公式サイト第一部のあらすじより引用)

 

セデック族の人たちが長い時間をかけて築いてきた文化が、日本人によって乱暴に一方的に壊されていくさまは、衝撃的だった。こういうことを知らないで台湾を旅行していた自分をすごく恥ずかしく思った…。


観ていて一番残念だったことは、ここで描かれている日本人たち(警官とか軍人とか)の精神、ほとんど今もぜんぜん変わってないよね!!って点。家父長的で女を道具(よくてお人形さん)としか思ってないところや、現実を無視してお気持ちで事を進める感じが、ほんっと何も変わってない。

 

映画の中ではあまりにもひどい日本側の所業が描かれるんだけど、それでも事実をマイルドにして描かれているそう!!!

たとえば映画の中では描かれていないけど、日本側はセデック族の女性たちを無理やり売春宿に入れたりしていたらしい。

(まだ途中までしか読んでないんだけど、もともと学校で歴史を教えておられたという方がご自身で台湾に行って情報を収集したりしてまとめたというこの本↓(Kindle Unlimitedに入ってるよ)には、こうした事件の背景や事件後に起こったことが詳しく書いてある。ジェンダー的にうーんと思う記述も多いけど、本を読んで初めて知れたことも多い。たとえば、明治神宮入口の代鳥居は台湾の原木を運んで建てられているらしいということや(どんどん神社という存在が無理になっていく…!)、事件後原住民たちに「授産」(!?←つまり日本人が精子を提供してやるよありがたくはらめよってことですよね!?)なる施策が進められたことなど)

 

映画の話に戻って。

この作品の特に素晴らしいところは、セデック族の伝統的なあり方に疑問を持っていたセデック族の男性や、女性達には何も相談せず戦いに出て行く男性たちに憤っている女性たちの視点も入っているところ。セデックのコミュニティだって一枚岩じゃないんだよね。

(前にこの記事で感想を書いた小説『崩れゆく絆』と共通するところも多いと思った。)

セデック族のコミュニティに限らず、いろんなコミュニティがこういう複雑さを擁している。だからこそ、相手が「野蛮」だと単純なレッテルを張り、そのコミュニティの文化を無視して、武力で自分たちが「文明的」だと思う文化に捻じ曲げていっちゃう日本側のやり方に強い憤りを感じた(野蛮なのはあんたらだよ…)。戦争をしていなくても、現在の日本にはアジアの他の国の人を見下して差別したり排除したりする雰囲気が根強く残っていて、なんにも学んでなくて、本当に恥ずかしい。

真に「美しい国」にしたいならさー、こういう歴史こそ、学ばなきゃいけないじゃんよ…。

 

映画をつくり始めて3か月は出演者に報酬が払えなかったそうで、それは大変に問題だと思う。でも、台湾原住民としてのルーツを持つ人がほとんどのセデック族役の出演者たちが「それでも、この作品を世に出すことに意味がある」と思った、その重みを、日本で暮らす人ほど受け止めるべきだと思う。


(ちなみに出演者の人たちは、普段から山で暮らしているようにしか見えないものすごい身のこなしで、そこも見どころです…。山をがんがん走り抜けるところとか、たかーい木からぴょんぴょん飛び降りるところとか)

==

SKIN φ(..) 

マンガ家の藤見よいこさんがおすすめされていたので観た。実話を基にした話。

あらすじ↓

白人至上主義者に育てられ、スキンヘッドに差別主義者の象徴ともいえる無数のタトゥーを入れたブライオン。シングルマザーのジュリーと出会ったブライオンは、これまでの憎悪と暴力に満ちた自身の悪行の数々を悔い、新たな人生を始めようと決意する。しかし、かつての同志たちは脱会を許さず、ブライオンに執拗な脅迫や暴力を浴びせてくる。そして彼らの暴力の矛先はジュリーたちにも向き始める。

映画.comの作品紹介より引用)

ジェンダーや人種や階級や障害など…あらゆる差別に私は反対するし、差別主義者には差別をやめてほしい!と思う(とはいえ私も、知らない間に差別を内面化しているところがあちこちあるから高みの見物なんて絶対にできない。常に勉強しないといけない…)。

でもこの映画で描かれるのは「社会が居場所をつくらなかったから、居場所を求めて差別主義者のもとへ向かう人がいる」ということ、そして、「差別主義者が差別をやめるためには、その人たちが新しい人生を歩むことを助ける人が必要だ」ということ(前に『ヤクザと家族』を観たときも、近い感想を持った)。「差別反対!」と叫ぶだけでは、差別をやめると決めた人がいる場所をつくらなければ、差別はなくすことができないということ。『ヤクザと家族』でも描かれていたことにも共通するけど、元差別主義者には味方がほとんどいない。住む場所も仕事も、求めても断られることが多い。やり直す道を絶たれた人は、また差別主義者(だったり、ヤクザだったり)に戻っていくしかない。


映画には、白人至上主義者のグループメンバーに、「グループから抜けるなら手助けするぞ」と声をかけ続ける黒人男性(ダリル・L・ジェンキンス。この人も実在する)が出てくる。「この声かけ、意味あるか!?だってこのグループの人たち、筋金入りの差別主義者なんだよ!?めちゃくちゃ身の危険もあるじゃん!」と、観ているだけでもハラハラしたんだけど、こういう、敵対するような人のことも信じようと思い続ける人がいるから、少しずつでも変わることがあるんだなと…感銘を受けた。

 

作中ブライオンが新しい人生を歩むために必要な資金・500万円くらい?を匿名で提供する人が現れるんだけど、なんていいお金の使い方なのだろうか…!こういうことにお金を使いたいよね、そのために早くお金持ちになりたいよね、と心底思った…!

 

マンガ

ブスなんて言わないで(1~2巻) φ(..)

ルッキズムについて考える上で、めちゃくちゃおすすめのマンガ。あらすじ。

「ブス」と言われ、学生時代にいじめを受けていた知子。大人になった彼女は、自分をいじめていた“美人”の同級生・梨花が美容家として成功していることを知り、怒りに震える。知子は、梨花への復讐を決意する――。

コミックDAYSの作品紹介より引用)

「ブス」と言われながら生きてきた女性、美人として相手に勝手にイメージをつくりあげられたり相手の自虐を受け止めながら生きてきた女性、低身長についてとやかく言われてきた男性、「ブス」キャラで仕事がもらえなくなってきた女性芸人…など、いろんな人が出てくる。

(特に「ブス」キャラの女性芸人について、「今のテレビでは正面からブスと呼ばれなくなってはきているけど、結局ブス扱いを匂わせる言動でいじられてるよね。それって差別が隠されただけで本質的な問題がなくなったわけじゃないよね!?」って指摘するところは…刺さった…。最近M-1にそなえて(?)よくお笑いを観ているけど、女性芸人が「ブス」とか「モテない」とかじゃないところで笑いをとって楽しそうにやってるネタが増えてきているように思って、私はそれがすっごくすっごく嬉しい。最近観て好きだったネタたち↓)

youtu.be

(私オダウエダをこのネタで知ったんだけど、この人たちの小道具遣いがめちゃくちゃ好き(他の芸人さんたちについても、私はM-1(予選)よりもこのTHEUでやってるネタのほうが好みだったので、皆様もよかったらいくつか動画を観てみてください。にしても、女性審査員によるこういう企画がもっとほしいよなー)。そしてこのネタ、母方のおばあちゃんのおこづかいはなぜ安いのかについて、実は結構暗い問題が横たわってるよねと思う内容ではある…)

 

youtu.be

(↑スパイクの二人の会話がよすぎる…私は女の人たちによる愉快な会話が大好き…)

 

マンガの話に戻って。

この作品を読んで一番ずしーんと残ったのは、今は批判の対象として話題になることが多いミスコンや、雑誌のモテファッション(モテメイク)特集が、女性たちが自分の身体(や美)を自分のものとして取り戻す過程にあったものなんだなということ。それらが始まる前には、女性たちが自分のことを「美しい」と思うことも禁じられてて(初期の美人コンテストでは、入賞した女性がなんと退学処分になることもあったとか!)、女性がモテたいと自分から言い出すことも許されなかった。

 

くそみたいな世界だけど、ゆっくりでも前進はしていってるところもあるから、引き続きほんの少しずつでもがんばっていくぞと、そう思える内容だった(あと、出てくる人たちがかわいいところ・愉快なところがある人が多くて、好き。友達になりたい人が多い)。続きも楽しみ。

==

花井沢町公民館便り(1~3巻) φ(..) 

わたしたちの町・花井沢町は、
あるシェルター技術の開発事故に巻き込まれ、
外界から隔離されている。
ここは、いずれ滅びることが約束された町。
その町で、わたしたちは今日も生きている。

アフタヌーン公式サイト『花井沢超公民館便り』紹介ページより引用)

『違国日記』のヤマシタトモコさんによる、外から誰も入れない・中の人は誰も外に出られなくなった町の数十年の足取りを描くSF。人と同じように、町(というか、場所)が存在感を放っている作品で、そこも印象的。ちなみに完結済みの作品です。

 

「ヤマシタさんのよさはSFじゃないほうが出るね」と一緒に読んだ私の恋人は言ってて、私もそれには同意するんだけど、思考実験として読むと面白いマンガだった。

人間が分業して社会をつくっている、これはどういうことなのか?

(今の日本の警察にももちろんいろんな問題はあるわけなんだけども…)警察が機能せず、自警団しか存在しないとどういうことが起こりうるか?

小さなコミュニティの中で、罪を犯した人が裁かれるということはどういうことなのか?
図書館や記録というのは人間にとって何なのか(それは必ずしも「善」なのか)?

人間にとって文化とは何か?

社会が終わる予感があっても、子供を産みたいと思う人間はいるだろうか?

 

…等々、あったかもしれない日本を舞台に描かれて、いろいろぐるぐる考えた。

住む場所を選ぶことができる自由、育ったところから離れて生きていくことができる自由というのは、とてつもなく大切なものだぞと思ったり…。

道路というのは補修されているからこそいつもあんなに平なのだねということにも、気づかされる。インフラは「いつもどおり」が当たり前なように誰かが整備しているのだ、と。

今、経済のよくわかってないこと(=つまりほとんどすべて…)を勉強し直そうねキャンペーンを個人的にしてて、この本↓を読んでるんだけど、

(すぐ東大生を看板にもってくる感じがうざいが笑、たしかにわかりやすい本。税金が社会保障の財源になるということはほぼ嘘である、ってこととか、政治家の話してることの真偽を見極めるための知識が身につきます)

↑の中では「公共事業」とか「公務員」とかが必要なのかがわかりやすく描かれてて、それがない世界がどうなっちゃうかリアルに想像するのに『花井沢町…』は最適だな…と思う。

 

狭いコミュニティの中の性加害・被害についても描かれているんだけど、登場する人物の属性が「ヤマシタさんだなあ…」という多様な感じで、倫理観を信用できる作者さんはまじで貴重だよと改めて思った。ヤマシタさんの描く世界はいつも複雑で丁寧で、だから好き。

==

 

コンテンツ月記の本編は、ここまで。

 

=以下、『8人はテレビを見ない』(~3話目)で「におわされていること」のメモ=

『8人はテレビを見ない』(「『観』ない」じゃなくて、「『見』ない」なのが、このスピンオフのテーマっぽいなって思います。集中してテレビを観ることはそもそもけっしてなくて、もはや流し見もしない、という意味なのかなと…)は、たぶん『エルピス』と同じ時代を生きてるっぽいけど、直接は『エルピス』と関係ない、っていう若者8人のシェアハウスの様子を描いた、コメディタッチの作品です。が、ところどころ、シリアスな本編にからんでくるような「におわせ」がさしはさまっています…。

 

<1話のにおわせ>

・シェアハウスの中の一人が、肉じゃがをつくろうと途中まで準備をしてた鍋を台所に置きっぱなしにしていたところ、他の住人がその中身をカレーにしちゃってた。

松本死刑囚の行動を再現すると、10分でカレーを作れるわけない、だから彼は無罪なんじゃないか?というのが本編の内容だったけど、もし彼が肉じゃがを途中まで作って準備してたとしたら、すぐにカレー、作れるんじゃね…?

 

・ケーキは上から見ただけだったら、崩れてるかどうかわからないという会話が出てくる。

→チェリーさんに見せたのは崩れたケーキの「上から」だけで、もしかしたら食べさせるために出したのは(あらかじめ買っておいた)ホールケーキの一部とか?

(エンディングでも、ホールケーキの一部が切り取られている)

 

<2話のにおわせ>

・行動や身体的特徴等が似ていることの理由を「家族だから」に結びつける住人に対し、そうとは限らないと反論する住人(家族でなくても似ている部分がある人・似ている行動をする人はいる、と話す住人)がいた。

→事件の捜査か、浅川・岸本の取材の過程で、「家族だから似ている」と断定された部分について誤解だった点があった…?

 

この記事の前半のほうで書いた、この作品の「気になる点」は、『ヒヤマケンタロウの妊娠』の作者の坂井恵理さんが指摘されていた点。

スピンオフを観ると、もしかしたら松本さんは、殺人をしていないとしても何かの犯罪に手を染めている可能性もあるな…と思います…。

(最後に坂井さんはこうも書かれています↓)

3話は、本編のセリフへのオマージュだけだったように思ったけど、あとで見返したらもしかしたら何かが仕込まれているのかなあ…。

将軍に親近感が湧きまくる:マンガ『大奥』の感想

大奥 1 (ジェッツコミックス)

 

今更かよって感じですが…やはり売れてる&何度もドラマ化されるようなマンガは面白いな!!というか、感染症が身近すぎる今こそ、読むべき作品かもしれないな。

…ということで、今日は私が今ハマってるマンガ、『大奥』の話。

2023年1月?にまたドラマ化されるようで、今「マンガPark」というアプリで最終巻以外が(広告は観ないといけないが)全部読めるので、それで読み進めております。ドラマが終わっちゃったらアプリの公開範囲はもっと狭まっちゃうかもしれないから、今がチャンスかも。

 

もう知ってるわい、という方が多いかもしれませんが、一応あらすじ。

江戸幕府、三代将軍・家光の時代、男子のみを襲う謎の疫病が国中に流行り、 男子の数が激減。家光も病に倒れ、秘密裡に将軍職は女子へと継がれていく。男子は種馬として大切に育てられ、江戸城大奥までもが、希少な男子を囲い、「美男三千人」と称される「男の世界」となっていった。貧乏旗本の家に育った水野は、経済的理由などから大奥入りを決意。女人禁制の大奥で巻き起こる事件とは…!? 
 (白泉社『メロディ』の中の『大奥』紹介ページより引用)

 

とにかく、いろんな性格の人間のいろんなエピソードを、細かく美しく(時にとことん恐ろしく)描いていてそこが面白い!人間の愚かさも素敵さもまるごと詰まってて、読み始めたら一気に引き込まれる。「届かないけどずっと持ってる思い」とか、「意外なところで果たされる念願」とか、「本当に理解してほしい人だけが見抜いてくれる、自分の美点」とか、「人生に降りかかってくる理不尽」の描き方が…まあ丁寧で…(かつ、飛ばすところはすぱーっと飛ばす、スピーディーさもある)。印象的なシーン&エピソードが多すぎて、読んでる間、かなり頻繁に泣いている…。長い連載だけど、それぞれの将軍が直面する問題がさまざまなので、全然飽きない、ずっとはらはらドキドキしながら読んでる。このマンガでも何度も描かれるけど、社会に大きな影響を及ぼす出来事の原因だったり根っこだったりが、実はたった一人の人の恨みやこだわりや希望にある、ってことは今も結構あるよね。いろんな人の、良くも悪くも強い思いが、糸がからまって太くなるみたいに力を持っていって(あるいは細くとも、急に足に引っかかるみたいに、作用して)、時代が動いていくんだなーとしみじみ思った。

数世代前に起こったことがレジェンドになったり、歌舞伎になったり…ってことも描かれるんだけど、読者はそれらの基になった出来事も作中「リアルタイムで」読んでるから、まるでタイムマシンに乗って江戸時代を旅行してるような気分になる。それがまた面白い。

私は歴史を勉強しても、人となりに興味が持てない人間のことをすぐに忘れちゃうんだけど(だから学生時代に勉強したことはもうほとんど覚えてない…涙)、『大奥』では(男女逆転な点もはじめ、創作されてる部分も結構あるにしても)それぞれの人の性格や好みが手に取るようにわかるので、これを読んでから歴史の本を読むとかなり頭に入った。「この将軍は無駄に華美なものを嫌った」とか、「この将軍は話すことが苦手だった」とか、「この将軍は気難しいけどカステラが好きだった」とか。特に、あんまり歴史の授業では印象に残らなかったり、悪者扱いされていたような、将軍・歴史上の有名な人物の描き方がいいんだよね…。歴史は、「誰が誰の得になるために残すか」で、全然違うストーリーになるよなあってことも改めて確認できる内容。江戸時代以外も、よしながふみさんにマンガ化してほしい笑。


どの将軍のときにどんな出来事が起こったかも、それぞれの出来事が臨場感をもって描かれているので、覚えやすくなると思う(この作品ほど、「黒船来てやばい、怖い」って気持ちが理解できたり、「桜田門外の変、そりゃ起こりますわ」って思えるような作品には、私はこれまで出会ったことがなかった(そもそもそんなに歴史ものに親しんでいないのだが…そういう人でも楽しんで読める作品、ということ))。あと、「自分の意志とは関係なく勝手に権力やら決定権やらを持たされて、失敗したら四方八方から文句言われたり、命狙われたりする」将軍の立場を嫌だと思ってた人がいるかもしれない、っていう視点は、この作品を読んだからこそ得られたものだった。そうだよね…私もたとえ徳川の家に生まれても将軍にはなりたくないよ…。そういう点から、「民主主義」の意味についても問う内容になってると思う。世襲×ジェンダーの話だから、今の天皇制について考える上でも結構いろんなヒントがある話だと思う。

 

※ちなみに、私が(創作部分じゃない)歴史を復習するために使ってる本はこれ↓です。シンプルにまとめられてるので読みやすい(と言いつつ、通読しようと思ってるのにそれはなかなか進まず…)。細かな年号が入っていない本なので、そこは人によって好みが分かれるところかも。


誰が書いてるかわからないサイトなので信頼性はちょっと疑問だけど、『大奥』の中の各将軍のエピソードのどこまでが現実の人物をもとにしているのか見るのには、このサイトが面白い↓

netlab.click

 

一点気になるのは、「美しい男性」の描き分けがあんまりされていないところ…みんな同じ顔に見えてしまう…笑。でも、同じ(ように見える)顔の人が登場するタイミングはなるべく分けるようには工夫されている…と思う…!

 

もちろんフェミニスト各位にもおすすめな作品!痛快な台詞がいっぱいある。現実とつながってる、苦しいところもいっぱいある…!(←つまり、現実を生きる女性の苦しさを、フェミニズムにこれまで興味を持ってこなかった人と共有するのに便利な作品である、ということでもある)

 

Kindle Unlimitedにも(今のところ)2巻まで入ってます。

新自由主義に実は立ち向かってた物語:ドラマ『拾われた男』の感想

拾われた男 (文春文庫)

(松尾さんが書かれた絵↑、かなり独特の味わいで好き。ドラマにもちょいちょい使われています)

今日は俳優・松尾諭さんが、ご自身の人生を基に書いた原作(↑)…に基づいてつくられたドラマ『拾われた男』の感想。
仲野太賀さんが主演なので観た(ディズニー+のお試し期間中に)。かなり面白いし、先進的な取り組みもあったのだけど、後述するマイナスポイントが結構大きくて、大満足で観終わることはできなかった。せっかくいい作品なのに、すごく惜しかったと思う。

あらすじ。

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上京して役者を目指す松戸諭(けそ注:ドラマの主人公は一応、名前を「松尾」から変えている)は、オーディションにすらたどり着けない、鳴かず飛ばずな日々を送っていたが、ある日自販機の下から航空券を拾ったことで運命が大きく動き出す。

その航空券の持ち主はあるモデル事務所の社長で、彼女に“拾われる”ことになった諭。
曲がりなりにも役者としてのキャリアがスタートするが、オーディションは落ち続け、バイト先のレンタル店では恋に破れる日々だったけれども、最強の“運”と“縁”に恵まれている諭は、彼を“拾ってくれる”人々との数々の出会いを通じ、やがて大役を手に入れ、そして人生最高の恋を手に入れる。

つつましく幸せに暮らし始めたころ、諭にある一本の電話がかかってくる。
それは、アメリカに旅立ったまま音信不通だった兄が倒れたという知らせだった。
人々に拾われ続けた男が、今度は兄を“拾う”べく旅立ったアメリカで、彼の思いもよらない、さらに多くの出会いが待ち受けていた…。

ディズニー+の紹介ページより引用)

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好きだったポイントを3つ挙げる。

 

1 人の人生を追体験できる&2000年代タイムトリップのわくわく感

この話は日本とアメリカが主な舞台なんだけど、日本編はあらゆるディテールが丁寧で(アメリカ編について思うところは後述する)、松戸さんの人生を今自分が生きてるみたいな、そういうわくわく感を楽しめた。


たとえば、松戸さんの初めてのオーディションシーン。

待合室にいる人たちの様子とか、会場に移動していくところとか、持ってきたバッグどこに置く?みたいな迷いとか、そういうところが映されてるので、自分だったらどうするだろう・どうふるまってるだろう?って気持ちが誘導されるつくりになっていて、こっちまで緊張してくる。

 

松尾さんが東京に出てきて役者として活動を始めた時期は、たぶん1990年代~2000年代はじめくらいだと思うんだけど、そのあたりの東京の街の雰囲気・人々の服装・家の中の感じとかもすごく懐かしくて、観ていて面白い。ああ、そうだ、TSUTAYAではなんかこういう、女性ナレーションのおすすめ作品の紹介とか流れていたよな…(でももうTSUTAYAとかすっかり行かなくなっちゃったよな…ていうかもうたぶん実店舗ってほとんどないんだろうな…)とか、忘れていた記憶の引き出しが開けられる感じ。

 

2 豪華なキャスト陣の丁寧な演技が支える豊かなキャラ造形

とにかくこのドラマ、キャスト陣がすっごく豪華。

主要登場人物の、仲野太賀さん、伊藤沙莉さん、草彅剛さん…あたりはCMとかでもご覧になった方もいるかもしれないんだけど。

主人公の松戸さんが働くバイト先(たぶん原作ではTSUTAYAだったんだと思うけど、ドラマ版はもじってTATSUYA?になってた)にいる要潤さんとか安藤玉恵さんとか、松戸さんの事務所にいる社員役の鈴木杏さんとか、松戸さんの友人役の大東駿介さんとか。こういう脇を固める役者陣たちがま--素晴らしかった!コメディって、脚本とか演出とか衣装とかと役者陣の演技のバランスがうまくいかないと画面の中の波に自分がついていけなくことがあるけど、この作品はそれぞれがかちっとはまっていて、観ていて気持ちよかった。

 

私は特に、バイト先の人たちがすごく好きだった。

「映画監督になりたいけどくすぶってる人」「私語に厳しいバイトリーダー」…みたいな、最初は「わかりやすい」キャラに見えるような人たちの、実は優しいところとか実は情けないところとかが無理なく描かれていて、その人たちが何を愛しているかが伝わってきて、立体的で、最後には自分もこのTATSUYAで働いていたみたいな気になった。変な人が変なまま働くことを許されてて、自分がやめたあとも近くを通ったら挨拶したくなるバイト先だった、TATSUYA(私は結構いろんなバイトをしてきたけど、やめてからただ話をするために寄りたいと思うくらい好きだったバイト先は一つくらいしかない。レアな存在)。

現実社会では、自分の所属するコミュニティに自分が好きな人ばっかりいることってなかなかないから「(時々むっとすることとかあるにしても)この人たち、好きだなあ」って、そういう時間を心だけでも通りすぎることができる物語が、嬉しかった。

 

バイト先もそうなんだけど、全体的に、女性達の描き方で好きなところが多かった。

「亭主関白な家における妻の反乱」的なシーン、だいたいのドラマは嘘くさくて冷めるけど(ていうかそもそもそういう家の妻はだいたい反乱しない。子供を守ることよりも夫の機嫌を損ねないことを優先する。そういう家で育った私は、いつも観ていてつらくなる)、このドラマのそのシーンはよかったと思う。

世間のイメージに勝手にあてはめられてた井川遥の「人間」としての多様性も描かれていて…(井川遥氏は松尾さんの事務所の先輩で、本人役として出演している)すごくよかった…今の物語だなって、思った。

 

男性たちの描写については、「悲しい」「淋しい」という気持ちに、最後はまっすぐ向き合おうとする男性像を描こうとしているところがいいなと思った。ウケとかエロとかアルコールとか自虐とか絡めずに、女性も媒介せずに、自分の悲しい気持ちに向き合う男性像ってなかなか描かれないから。それは、悲しい気持ちに向き合ったり泣いたりする男性は「弱い(=よくない)」って扱ってきた世間・世界にも問題があるんだけど…。こういう風潮、変えていきたいよね!

3 新自由主義に実は対抗する内容であること

新自由主義は、「自己責任論」と結びついている。このページで語られていることの説明がわかりやすかったので、一部引用する。

2001年に小泉政権が誕生して以後「この世界でのし上がっていけたのは本人の努力の結果で、そうでなかった人は努力が足りなかったからだ」という「自己責任」論を勝ち組と負け組の分割に使う社会的風潮がつくりだされました。そして先の04年イラク人質事件を契機にすべての個人に「自己責任」が問われるようになりました。マスメディアを通して、自分たちが向かうべき本当の敵にたちむかわずに、別のところに攻撃の矛先を向けるようにしむけられていく象徴的な言葉として「自己責任」という言葉が意図的に使われてきたのです。

 

〔中略〕

 

国家が個人に対して「目己責任」という言葉を使うのは、「国外で国民が生命の危険にさらされても政府は責任を取らない」「正規労働につけず、生活が成り立たなくても、政府は生存権の保障をしない」という、百パーセント憲法25条を蹂躙すると宣言していることに等しいのです。「小さな政府」や「規制緩和」と「目己責任」論はセットになった新自由主義の人間破壊の思想なのです。

(北海道勤労者医療協会のウェブサイト(責任回避のカラクリ-「自己責任」という言葉をめぐって(3) 小森陽一さん(東大教授)に聞く)より引用)

そもそも人間はぜんぜん平等じゃなくて、「持ってる」人であってももともと持っていたものが弱まったりなくなったりしてしまうこともたくさんあって、つまり「個人の努力」でどうにもならないことはたくさんある。…のにもかかわらず、今日本で(特に働いている人の中で)自己責任論を内面化している人はすごく多い。内面化しても、自分のプラスになることはぜんぜんなくて、首が絞められていくだけなんだけど。私も、新自由主義いやだ!と思っているのに、自分の中でその価値観を内面化してしまっていることに気づく場面が、今でも、たくさんある。

 

ということで、私は今の世の中にこそ、「反・新自由主義的な物語」がすっごく大事だと思ってる。個人の努力とはまったく関係ないところで、人生が動いていく物語。「何か具体的な目標のために〇〇をする」っていうのじゃなくて、どうなるかわからないけどとにかく始めてみる、動いてみる、そしたらなんか助けてくれる人とかがいて何かが変わる、っていう、物語。

(そもそも人間は生きていればいつか老いるわけで、今自分が強者だと思ってる人も、生き続けていればかならず弱者になる。さらに、新型コロナウイルスの研究が進んで、やつらはなかなかの頻度で老化(に似た状態)を引き起こすことがわかってきている(若者であろうと、持病がなかろうと、そうなる可能性がある)。つまり、今の地球に生きてる人は、コロナ禍以前とは比べものにならないくらい、突然「弱者」になる可能性が高まっている。新型コロナについて海外の情報を翻訳していろいろ発信されたり、各種論文をAIで分析されて対策案を出されているAngamaさんの投稿↓(Angamaさんのアカウントは、それこそときどき新自由主義だなと思う発信もあるが、日本の大手メディアがとりあげないような情報を教えてくれるので毎日チェックしている))

(今度詳しく記事を書くかもしれないけど、私はこの後遺症を新型コロナウイルスへの感染直後の苦しさ以上におそれているので、(もうかなりコロナ終わったモードになっている2022年11月の日本にいても)外出をめちゃくちゃ制限しています。1年以上寝たきりになってトイレに行くのもスマホを持つのも難しい人、失明しちゃう人、考えることや物を覚えることが難しくなってる人、希死念慮を覚えるようになってしまった人がいるんですよ…。時々、「今でもコロナを厳重に警戒している人は交通事故を恐れているようなもんだ」って言ってる人がいるけど、交通事故に遭う確率より後遺症の長期障害(Long COVID)を負う可能性のほうが、ずっとずっと高いのよ…。感染者の10%くらい(!)、て言われているのよ…(というか、そもそも新型コロナについては感染予防にできることが(一般に広まっていることよりも)いっぱいあるし、交通事故と並べて語るのは間違っている)。科学的な根拠をもとに情報発信している人が伝える最新情報を常に追ったほうがいいと思うのですが、参考用に、日本で一番新型コロナの後遺症を持つ患者さんたちを診ていると言われている医師が書いた本を貼っておきます。Long COVIDでどんな症状が出るのかや、対処法が載っています↓)


(あと最近読んでる、日本の新型コロナ対策はどうまずいのか?について書いてある本も貼っておきます。書き手の方は医師ではない&ちょいちょいミリオタなのか?というたとえが出てくるのが気になりますが、ワクチンやマスク、PCR検査などについて「科学的に」説明してくれてる本で、他の人の発信を読む上で必要な知識が得られる本です。これ1冊でOKとは思いませんが、読むといろいろ勉強になります↓)

 

(新型コロナの話でだいぶ脱線しましたが…『拾われた男』の話に戻りまして)

 

どう「反・新自由主義的なのか」っていうと、松戸さんはまず、「俳優になりたい。方法はよくわからないが、とりあえず東京に行ってみよう」って、兵庫から東京に出てくる。適当にオーディションなど受けていたがなかなかきっかけがつかめずにいたところ、たまたまモデル事務所の社長に会って、たまたまなんとなく俳優としての経験を積んでいく。人生で起こったこと・そこで思ったことが、たまたま出演作に活きることがある。この、「たまたま」が、すごくいい。

 

今、日本はどんどん貧乏になって、こういう「とりあえず」何かやってみようと思うことがすごく難しくなっていると思う。それどころか、とりあえず何かやってみることは今、まるで「金持ちの道楽」みたいに扱われていて(実際、金銭的にも精神的にも余裕がないと難しいことはたしかなんだけど)、それをやっている人間のことを役に立たないと言ってくる人や、無駄だと言ってくる人がいる。

 

目標に向かってまっすぐ進んでいく人も、それはそれでいいと思うけど、それだけが正しい人生だ、正しい人間だ、って勝手に世間に決められるのはむかつく。


恵まれた環境に生まれた人だけがこういう寄り道ができる、っていうことがそもそもおかしいと思うから、みんなが好きなだけ寄り道できる世界に早くなったらいいのになーと思う。

 

ーー


でも、こういう、いいところがあれこれある一方で、松戸さん、「愛されキャラ」では許されねえだろ、という箇所もいろいろ気になった…。

先輩俳優(女性)の携帯番号をすぐに周り(その俳優の知り合いでない人)に見せようとしたり、共演する俳優(女性)の部屋に(フリだとしても)入ろうとしたり…。こういう「おとぼけ女好きギャグ」みたいなの、現実の加害に直結しているから早くやめてほしい。あと、子供がいるのに、子供の世話についてまったく考えずに全部妻に任せてすぐに単身アメリカに行けちゃうところ、怒りがぼうぼうに燃えた。全然親としての当事者意識がない(みんな『母親になって後悔してる』を読もう!)。そういうところに、編集者役の夏帆さんのつっこみを入れてほしかったよ!ここの女性の描き方好きだぜ!ってとこがいっぱいあっただけに、ほんとに残念。

 

それから、アメリカに舞台が移ったとき、(原作がそうだからなのかもしれないが)メインキャストが白人ばっかりで、それもすごい、気になった。VGF(松戸さん兄が働くレストラン)にはいろんな人種の人がいるけど、描写がなんというかステレオタイプ的で…。日本の登場人物たちと比べてキャラが薄くて、残念だった(ちょっとのセリフや動きでも、もっと生きてる多面的な人間として描くことができたはずだと思う。というかこういう人たちが働いている土地だったら、店の外は白人ばっかりなのおかしくないか?)。

 

あっ、でもね。子役を怖がらせないような演出をしていた、ってところとかはすごくいいと思った!

 

リアリティなんて、役者たち、とくに子供の役者たち、の心に深い傷をつけてまで追い求めるもんじゃないよ!!!生身の人間を大事にしてこその、いい作品!

youtu.be

コンテンツ月記(令和四年、神無月)

(これはアルゼンチン行ったときに撮った犬。外国ってよく犬が寝てる気がする)

読んだもの、観たものを、書きなぐりのメモで記録します。完読できてないものも、書きたいことがあったらメモします。すでに長めのレビューを書いてるものや書く予定のものは、基本的に除いてます(…と言いながら、ここで書いてる感想も割と長いんだけど)。


書きたいものいっぱいあるけど、とりあえず今月は、私の世界の観方をひっくり返してきたもの3つに絞って書く!!!!めちゃくちゃ怒ったりめちゃくちゃ脱力したりして、ものすごいエネルギーを使った。続きは11月に書けますように…(祈り)。

 

ちなみに(?)秋ドラマで私が観てる(or観ようと思ってるのは、『エルピス』と『ジャパニーズスタイル』と『自転車屋さんの高橋くん』です。


『エルピス』は『カルテット』のプロデューサーの佐野さん×『ジョゼと虎と魚たち(実写のほう)』の渡辺さんのドラマってことで絶対観ようと思ってたんですけど、初回からめー--ちゃくちゃよかった!(鈴木亮平さんの「仕事できるんだろうけどうざいエリート男性演技」が完璧すぎる!!仕草とかちょっとした表情とか!鈴木亮平さんのことは好きなのにあのキャラはすごい嫌い!!←ほめてます)『ジャパニーズスタイル』は、仲野太賀さんが主演ということで観たのだけど、第一話が微妙だったので(まだ二話は観てない(TVer派)。たぶん脚本家さんの感性が好きじゃないんだと思う…)途中で離脱するかも。チャリ橋くんも、途中で離脱する可能性がありそうだと予告を観て思いましたが…可能なところまで観守りたいと思います…。

 

いつものように前置きが長くなりましたが、本編に入りまっす!

 

==評価基準(特に記載したいときだけ)==
\(^o^)/ 乾杯。愛。最高の毒なり薬。
φ(..) 特別賞(今後思い出すだろうシーン有等)
==ココカラ==


今月のお品書き↓

 

 

女の子は死なない 実録演劇犬鳴村/男尊演劇死滅譚 \(^o^)/

私が比較的信頼してTwitterでフォローしてるフェミニスト各位が絶賛していたので、あと、Twitterで見た気になる漫画を描かれた方が演出&脚本を担当されているということで、配信で観た。

気になる漫画とは、これです↓

 

↑の内容について、2時間超、演劇の歴史を振り返り、「女優」たちの歩まされてきたひどすぎる道を振り返り、女が都合よくつかわれてきたことをちゃんと見つめ、男が透明でい続けることを決して許さず、歌い、踊り、怒って戦う、そういう作品だった。伝えるにはいろんな方法があるんだ、こうやって怒ってることを伝えることもできるんだ、と感動した。

 

やっぱり世界は全然正しくないな!!!!!!!ってことを再確認する作品で、これを観てから前以上にいろいろなものにむかついている。観なかったほうがむかつかないで生きていけたかもしれないけど、そんなおかしな世界のおかしさに慣れて生きやすい人生なんて私はいらないので、観てよかった。

前は著書を楽しく読んでいたが平田オ〇ザ氏のことがめちゃくちゃ嫌いになった…というか、もう観られる演劇は日本にほとんどないかもしれないって思った…。そして改めて『ドライブ・マイ・カー』はやっぱり好きじゃない、って思った。あとあと、歌舞伎(演者)が女から取り上げられて男に独占されていることに対してもっと怒らないといけないんじゃないか!?と思った。

 

脚本から、いくつか好きだった(&気になった)言葉を引用するぜ!

--

自分じゃなくて世の中のほうが悪いって思うのは、子どもっぽいことじゃないよ!

そうだそうだー--!!!!

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なんか朝ドラみたい。女同士の関係性の構築がものすごい雑。雑なまま進行していく。

 

〔中略(長め)〕

 

朝ドラで描かれる女と女が雑なのは、誰が女を加害しているか透明なまま進行していくだから!(←けそ注:これは原文ママですが、たぶん「進行していくからだ」が正しいかも?)なぜ女と女が結託するのか!天才劇作家の太郎上朝子が教えてやる!それは!男が!女を!加害してるからだ!そのことに女がせーので気がつくからだ!

女の敵は女って言って幸せになってるのはたいてい男問題。

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フランス語は差別的な言語だってフランス人が言ってたので、全部英語でやります。エブリワ~ン!

私は学生時代スペイン語を勉強していたんだけど、スペイン語の構造についても同じことを思っていたよ!(←どっちも「ロマンス派諸語」に含まれて、仲間だから似てるところが多い。)
スペイン語って、世界には女か男しかいないって前提の言語(話すたびに自分が女か男か表明しなきゃいけないシステムになってる)で、そこに常にもやもやしていたんだよな…。

 

他の点では、「差別的」ってたぶんこの記事に触れられているような内容(↓)を指しているのだと思う。

serai.jp

(私は東京オリパラには終了後もずっと批判的な姿勢を貫く方針なので、そこにウェルカムな書き手の姿勢にはむかついていますが、読みやすめの記事なので…)

 

英語も、ノンバイナリーの代名詞として、単数形でもtheyを使うってなりましたよね。

www.bbc.com

(英語で相手の性別がわからないときhe/sheって書くことについて、「こういうときいっつも男性が先だよな!」って思っていつもむかついてて(前に書いた小説のあとがきでもこの話をした)、私はsheから書くように心がけてたんですけど(女性と男性連名を宛名にするときもこのことはすごく気をつけている)、それでもやっぱり性別二元論的な書き方で嫌で。theyを使えばこういうもやもやが解決するので嬉しい…)

(すいません、若干言語クラスタなので、ここの話ばっかり長くなってしまって…)

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エミリー:劇作家なら、演劇の中で何千回と殺されてきた、あたしたちを助けてよ!

朝子:助ける!

(けそ注:ブログで書くとどこがセリフかわかりにくいため、便宜上「:」を追加しています)

私はここで『女が死ぬ』のことも思い出して、泣いた。

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『女の子は死なない』全体(?)の話に戻ると、残念ながらもう配信チケットの販売は終わってしまったのだけど、もしまた配信される機会があったら(今年観ることにすごく意味がある作品だと思うのだけど…)、ぜひいろんな方に観てほしい作品。

(でもいい作品だったのに、音声が一部聞き取りづらくてそれは残念だった…。みんなで叫んでいる、重要だと思われるところが聞き取れなくて…恋人氏が脚本を買ってくれたのであとで内容はわかったんだけど)

tremendous.jp

映画

主戦場

ドキュメンタリーですが、あらすじ(?)。

あなたが「ネトウヨ」でもない限り、彼らをひどく憤らせた日系アメリカ人YouTuberのミキ・デザキを、おそらくご存知ないだろう。ネトウヨからの度重なる脅迫にも臆せず、彼らの主張にむしろ好奇心を掻き立てられたデザキは、日本人の多くが「もう蒸し返して欲しくない」と感じている慰安婦問題の渦中に自ら飛び込んでいった。

慰安婦たちは「性奴隷」だったのか?「強制連行」は本当にあったのか? なぜ元慰安婦たちの証言はブレるのか? そして、日本政府の謝罪と法的責任とは……?

次々と浮上する疑問を胸にデザキは、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、ケント・ギルバート(弁護士/タレント)、渡辺美奈(「女たちの戦争と平和資料館」事務局長)、吉見義明(歴史学者)など、日・米・韓のこの論争の中心人物たちを訪ね回った。さらに、おびただしい量のニュース映像と記事の検証と分析を織り込み、イデオロギー的にも対立する主張の数々を小気味よく反証させ合いながら、精緻かつスタイリッシュに一本のドキュメンタリーに凝縮していく。そうして完成したのが、映画監督ミキ・デザキのこの驚くべきデビュー作、『主戦場』だ。

映画はこれまで信じられてきたいくつかの「物語」にメスを入れ、いまだ燻り続ける論争の裏に隠された“あるカラクリ”を明らかにしていくのだが——それは、本作が必見である理由のごくごく一部に過ぎない。

さて、主戦場へようこそ。

公式サイトの紹介文より引用)

(つーか今観たら公式サイトに平田オ〇ザの推薦文がある--あなたは!!!「従軍慰安婦」について、そんな冷静に語れる立場にいる人じゃないよ!!!!)

 

自分たちが信じたいことを、根拠もたしかめず反対意見も一切聞かずに、「そうだと思うから」という理由で「事実」だと断定しちゃう人がほんとうに存在するんだということを知って(これまで、そういう人たちは、うすうす無理ある主張じゃないかと思いつつ、自分の立場を守るためにそうしてるのだと思っていた)、衝撃を受けた。あと、堂々と、笑顔で、人種差別だったり性差別だったりの発言をできちゃう人がいることにもほんとうにびっくりした。この映画に出てくる加瀬さんが話してるシーン、衝撃的すぎてしばらく頭がついていかなかった。「え?」って、フリーズしちゃって…。日本の歴史についてもあれこれ衝撃的な話が出てきて、「映画を観終わって脱力する」という稀有な体験をした。

あとね、街行く人たちで「(いわゆる)従軍慰安婦」のことをまったく知らない人がいるっていうことにも私は本当にびっくりしたよ…。『教育と愛国』も配信来たら絶対観ようって思った…。

 

youtu.be

 

www.shusenjo.jp

 

↑の関連作品として、前このブログで取り上げた映画『雪道』をおすすめしておきます。『雪道』について書いた記事↓

queso-samba.hatenablog.com

 

自民党統一教会汚染 追跡3000日

安倍元首相と教団、本当の関係。
メディアが統一教会と政治家の関係をタブーとするなか、教団と政治家の圧力に屈せずただひとり、問題を追及しつづけてきたジャーナリストがすべてを記録した衝撃レポート、緊急刊行!

〈事件の10か月前、この宗教団体のフロント機関が主催するオンライン集会に予め撮影したビデオメッセージでリモート登壇した安倍は基調演説の中で、教団の最高権力者への賛辞を述べていた。全世界へ配信された安倍の基調演説を見た山上は犯行を決意。この”動機”は山上の思い込みなのか、それとも一定以上の確度をもって裏付けられるものなのか。その検証は第2次安倍政権発足後、9年間、3000日以上にわたって自民党とこの宗教団体の関係性を追ってきた私だけがなし得るものだった。日本の憲政史上最も長い期間、内閣総理大臣を務めた安倍が殺害されるに至った道程を記す。〉(プロローグより)

小学館の書籍紹介ページより引用

これはまだ読んでいる途中なんだけど…一つもいい話が出てきません。

これまでの私は、政治に対して不信感は持ちつつ、「最低限このラインは守られているだろう」という漠然とした信頼を持っていたんだと気づいた。そのライン、全然守られてなかった。これも読むたびに脱力していく作品…(でも読まないといけないと思う)。

ルールが破られまくってる世界で、言葉が通じない世界で、「暴力に走っちゃだめだ!」って言われても、なんの抑止力にもならないよね…。


実は統一教会側はあらゆる面でけっこう詰めが甘くて、そこを鈴木エイトさんがちょいちょいつっこんでてそれが謎の面白さも産んでいる。でも、そんな詰めが甘い集団がこんなにも国を(しかも日本だけじゃないんですよ…ほんと文字通り全世界的に!)動かせちゃうってことに恐怖する。


こういうことが明らかになってるのに、本来選挙で通らなかったはずの人も国会にいるのに、それでも毎日大事なことを勝手にどんどん決めちゃうことにすごく腹が立つ。今年は、去年以上に怒ることいっぱいあって疲れるけど、でもちゃんと怒らなきゃいけないなと日々思っている…。

 

日常4コマ:ちくわパン

三角なのが私(けそ)で、四角なのが恋人で同居人のノビオちゃんです。


ほかにも、ちくわにチーズ入ってるやつとかがあるんですよね…。たまにしか売ってるところを見ないので、発見したら必ず買います、ちくわパン…。

ちなみにこのマンガではちくわパンのよさをノビオちゃんに伝えるためにあっさりパンを渡していますが、普段の私はもっと食い意地が張っているので決して食べ物を譲ったりしません。

コンテンツ月記(令和四年、長月)

マレーシア旅行で撮った写真。イスラム建築の幾何学模様が私はとても好き

読んだもの、観たものを、書きなぐりのメモで記録します。完読できてないものも、書きたいことがあったらメモします。すでに長めのレビューを書いてるものや書く予定のものは、基本的に除いてます(…と言いながら、ここで書いてる感想も割と長いんだけど)。


例によって、つい最近読んだり観たものの感想から、しばらく寝かせた感想まで、幅があります。最近めちゃくちゃ映画を観ているのでまったく感想が間に合ってないよ!!!

 

==評価基準(特に記載したいときだけ)==
\(^o^)/ 乾杯。愛。最高の毒なり薬。
φ(..) 特別賞(今後思い出すだろうシーン有等)
==ココカラ==


今月のお品書き↓

 

 

漫画

マイ・ブロークン・マリコ φ(..)

主人公は、やさぐれてる会社員女性・シイちゃん。実の父親から性的なものも含む虐待を受けていたマリコと中学生のときから親友で、でもそのマリコがある日突然死んでしまった。「今度こそあたしが助ける 待ってろマリコ」とシイちゃんが向かった先は…、という話。


ずーっと読みたかった漫画で、実写版の映画が公開され始めたので、「そうだ読まなくちゃ」と思って読む(ちなみに映画版は、予告を観たところ、あんまり好きなテイストじゃなかった…)。
午前中に読んで、あまりにも苦しくて読み終わってから頭がぼーっとして、でもほんとうに読んでよかったと思った。

私が中学生だったとき、「できる子ばっかり存在が許されてるから、部活がつらい」って友達の悩み相談を受けてた夜があった。私は自分ちの前で彼女の話を聞いてたんだけど、結局私の父親(モラハラ糞野郎)に「もう遅い」って家に無理やり連れ戻されて、話は中途半端になってしまった。父親は「部活のことなんてどうだっていいだろ、夜に出歩くのは迷惑だ」と私を大声で叱ったけど(このように頻繁に怒鳴っている父親のほうがずっと近所迷惑だった)、10代のときの世界は狭くって、だから部活はぜんぜんどうでもいいことじゃなかった。大人になったらもっと周りの人を助けられるようになるのだろうかとそのときぼんやり思っていたけど、大人になった今も誰のことも助けられないなって毎日絶望している(もっとお金持ちだったら少しは違うのかもしれないが)。特に、家族の間で起こってることに対してできることって、あまりにも少ない。家族の中だけ、あまりにも治外法権が許されている。「そばにいるだけ」「話を聞くだけ」で救われるって言っていいのは話す側の人だけで、聞く側の人は無力感を抱え続けるしかないんだと思う。

そういう無力感をいっぱいいっぱいに詰め込んだ話で、すごくきれいで、死ぬほど悲しくて、ぜんぜんよかったとは思えないのに妙に爽やかでもあって、いろんな感情がマーブル模様になった後味で読み終えた。


とにかく絵が素敵。人物だけじゃなくて、背景もかっこいいので、眺めていて目が幸せになる。重いテーマなのに、適度に笑えるシーンが入っているところもいい。この作者さん(平庫ワカさん)の漫画はもっと読んでみたいなと思った。

 

ひばりの朝(1~2巻) \(^o^)/

ふざけた顔文字がまったく似合わない、とんでもなくつらい話だった。

これもずっと読みたかった作品で(というか途中までLINEマンガで読んでたけど結末を見届けられていなくって)、今ちょうど割引をしていたので買った。『マイ・ブロークン・マリコ』は、これと同じタイミングで読むべき作品だろうと思って読んだところもある。

肉付きの良い中学生・ひばり。彼女はただそこにいるだけなのに、男たちは彼女を「誘惑してくる」存在だと思っている。そんな彼女を気持ち悪がる女と、こっそりうらやむ女がいる。ひばりの父親は、ひばりがシャワーを浴びる間、ずっと浴室のドアの向こう側でたたずんでいる。ひばりの母親は、「体だけいっちょまえに育った」ひばりが、まだほんの子供だということをまったく理解しない。家にも学校にもひばりの居場所はない。ひばりはだんだん、あたしがわるいのかな、と思い始める…。という、話。


『違国日記』のヤマシタトモコさんの作品なんだけど、この人が描くダークな作品はまったく容赦ないな、と思いながら読んだ。ず------っとつらい。真っ暗な気持ちになる。でも変に救いがある話にまったく救われないという気持ちはとてもよくわかるから、ずっとつらくて救いがない話にしか救われない人もいるから、そういうときもあるから、だからこういう物語は必要だと思う。

 

Amazonのレビューとかを観ていると、「ラストの解釈は読み手によって分かれるものだ」と思ってる人が多いようだけど、ヤマシタトモコさんはそういうふうには描いていないと私は思った。このタイトルだし、「I must be gone and, or stay and die」が太字になっていたわけだし、そこでひばりの表情に変化があったわけだし、片方のオチしかありえない(もしかするとこのあたりはまた別に考察記事を書くかも←こう言ってるとき、だいたい書かないのが私なんだけども…)。「フェミニズムの現在」を特集してた号の現代思想に載ってたヤマシタトモコさんのインタビューを読むと、ますますそう思う。

(これに載ってるインタビューおもしろいですわよー)


(以下、ほんのちょっとだけ↑のインタビューを読んだ人向けの話)
憲人についてヤマシタさんが言ってたことは、私は同意しかねた。憲人は、もっと変われる人だと思う、今は知識を持ってないだけで。でも、子供をとりまく状況や家族を取り巻く状況を無差別に楽観視してる大人にくそって思う感じは、すごくわかる。

 

マンガでわかる!認知症の人が見ている世界 φ(..) 

私は知的障害をもつ人のグループホームでバイトをしてるんだけど、知的障害のある人は認知症を診断するテストを受けることができないらしい(テストでは認知症かどうかわからないらしい←すべての人にあてはまることなのかは不明)。利用者さんが認知症になってしまったときのために備えて(というか今も既になってる人がいるかもしれない)、あと自分の祖母たちの状態について知りたくて、読むことにした(私が読んだときはKindle Unlimitedの対象だった)。

文章も挟まってるんだけどマンガがメインなので、疲れているときでも読みやすい。認知症の人に見えている世界をその人の視点から体験できるので、マンガ表現って可能性があるなーと思ったりもした。認知症の人は「一般的な話し方が2倍速以上に聞こえる」ことや「言葉が理解できなくてもジェスチャーで理解できることがあること」など、新しく学ぶことがたくさんあった。「同じことを何回言っても忘れちゃう」「知っている人が認識できなくなる」など、認知症でよく見かけるケースが多く取り上げられていて、対処法も具体的だったのでよかった。

 

認知症の人は「なるべく人に頼らないようにしなくちゃ」「自分でなんとかしなくちゃ」という不安を持ってる人がとても多いんだなと思った。そういう価値観の世代じゃない人(人に頼ることは必ずしも恥じゃないと思う世代)が認知症の多数派になったら、また症状って変わるのかな?

(本文の内容からは脱線するんだけど、ここで紹介されてる具体的な認知症の事例をぱくってツイートをばずらせてるアカウントを最近見かけた。いろいろ読んでおくと、「オリジナルの努力を大した努力もせず奪っちゃうヤツ」を見分けられる機会が増えるのでいいなと思う)

 

映画

インサイドヘッド \(^o^)/ 

 ジェーン・スーさんが「自分に似てるキャラが出てる」と前に言っていたので気になってた作品です笑。そんなきっかけで観たけど、予想してたよりずっといい作品だった。

11才の少女ライリーの頭の中の“5つの感情たち”─ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、そしてカナシミ。遠い街への引っ越しをきっかけに不安定になったライリーの心の中で、ヨロコビとカナシミは迷子になってしまう。ライリーはこのまま感情を失い、心が壊れてしまうのか?

Amazonの作品紹介より引用)


英語圏の人はこの感情の分け方で納得してんのか?という5人のラインナップだなというのがまず第一印象だった。ムカムカとイカリ、似てない?
ムカムカは英語版だと「disgust」なのでうんざりとか嫌気って感じ、ビビリは英語版だと「fear」なので恐れって感じですかね。

(ちなみにスーさんに似てるのはカナシミです。以下、微妙にネタバレすれすれのとこがあるので注意)

 

この物語、たぶん昔観たらよくわかんなかったと思う。わからなかったであろう点と、この物語のすごいな、好きだな(稲川淳二ではない)と思った点は同じで、「カナシミの大事さを強調しているところ」。


私の母ががんで入院してるとき、私含む子供たちが自分の生活をまったく心配してくれないと言って私の父が怒ってたことがあったんだけど、彼の感情はほんとうは「カナシミ」だったと思う。自分が下にならないように、そのことで気づかないように、カナシミを怒りで出力しちゃってただけで。

 

そのときのことについて描いた漫画↓

note.com

 

でもこういう人、(特に男性に)すごく多いって私は思う。私自身も、悲しみや不安を怒りで出力しちゃうときがある。

 

インサイド・ヘッド』はきっとライリーくらいの子供が主な視聴対象になってるんだと思うけど、そのときに観てどういう意味かわからなかったとしても、だんだん意味がわかってくる(かもしれない)っていうのが大事なんだろうな。「カナシミも大事な感情なんだよ、必要なんだよ」ってメッセージが、頭の片隅にあることは大事なことだと思う。

(多くの物語については「もっと女の子を増やしてくれ~」と私は思うけど、そういう意味では、この物語の主人公は男の子のほうがよかったのかも。悲しみを出力することはよくないことだと教えられる男の子は多いと思うからね…。男の子がいかに「弱さ」を抑圧されているかっていうことについて、最近この本↓を読んで前よりもさらに考えるようになった。おばあちゃんが死んじゃった時、「泣くのは男らしくない」って教えられて育ってきたばっかりに、悲しさをどう表現していいかわからなかった男性とかが出てくるのよ…それは病気になるよね…!)

 

5人の感情たちはライリーの頭の中だけにいるんじゃなくて、ほかの登場人物の頭の中にもいるんだけど、どの感情が真ん中にいるかとか、感情たちのいる部屋や操縦パネルのデザインとかが細かく違っていて、それをじっくり眺めるのも楽しかった。「私だったら(身近な人だったら)感情たちの様子はどんなかな!?」って想像するのも面白い。

 

そして私は、ビンボンおよびこのキャラまわりのエピソードがすごく好きであったよ…。思い出すだけでもぐっとくるよ…。

 

(私はヨロコビの無神経な陽キャ感がすごく苦手で、彼女とは友達になれなそうだと思いながら観た笑)

 

死ぬほどあなたを愛してる

代理ミュンヒハウゼン症候群が関係する、実際にあった事件をもとにした映画。

ミュンヒハウゼン症候群
精神疾患の一つ。他人の同情や関心を引くため、病気を偽ったり実際の病気の症状を過大に訴えたり、自傷行為に及んだりする。「法螺吹き男爵の冒険」で知られるミュンヒハウゼン男爵にちなむ。害を他者になす代理ミュンヒハウゼン症候群とよばれる病態もある。

代理ミュンヒハウゼン症候群
他人の同情を引くため、自らの保護下にある子供や高齢者などをひそかに虐待し、その看護・介護に献身する姿をアピールする。

(いずれもデジタル大辞泉より、引用)


この「ミュンヒハウゼン」って言葉によって野次馬的に消費されちゃう感じがあるから、名称を変更したほうがいいと主張している医師もいるらしい。すいません…たしかにこの名前に魅かれてしまっていました…。

 

(以下、核心部分は避けるんだけどややネタバレになっちゃうかもしれないので、展開の意外さを楽しみたい方は何も読まずに観ていただくのがおすすめ…。今配信してるNetflixでも10月14日に配信が終わっちゃうっぽいので気になる方はお早めにどうぞ!)

これだけじゃ面白いかどうかなんにもわからんわい!という方のためにもう少し具体的に踏み込むと、「難病でテレビに取り上げられたりしていた女の子、ほんとは病気じゃありませんでした☆母親が代理ミュンヒハウゼン症候群で、女の子は母親に病気だと言い聞かせられていただけでした☆医者にもなんかうまいこと言ってだまし続けてきたのでした!でもそれに気づいちゃった女の子は、どうしたらいいのー?」という話です。


たぶん私が20代前半にこれを観たとしたら気になりもしなかったと思うんだけど、結構ジェンダー的に気になる要素がちりばめられている作品だった。
第一に、代理ミュンヒハウゼン症候群になるのが「母親だ」って点。この映画は史実を基にしたフィクションだけど、実際もこの症候群になる人は母親が多いらしい(外国だけじゃなく、日本でもあるらしい)。育児をすることは母親にとって「当たり前なこと」だと思ってる人が多いから、じゃない?誰もほめてくれない・認めてくれないから、母親たちがほめられる方法・認められる方法を無意識的に編み出しちゃったんじゃない?その辺をもっと真剣に考えないといくらでもエズメみたいな人は発生すると思う。

第二に、エズメが母親の支配から逃れる方法として「エズメがその『処女性』を利用される」方法しかなかったという点。「そっちも地獄だよ」って感じでつらかった。女の人の逃げ道が「彼氏をつくる」とか「結婚する」しかないケースっていっぱいあるけど、それは逃げ道じゃなくてギャンブルなんだよな…。


そして、ほんとうに難病がある人でも、今一緒にいる家族とは離れたいと思ってる人がいると思う…。メタバースが今よりも一般化したら、 もっと外につながりやすくなるのかな…。

 

 予告編のYOUTUBEとかみつからなかったので、代理ミュンヒハウゼン症候群関連作として、ミッドサマーでおなじみアリ・アスターの短編『Munchausen』を貼っておくね☆ピクサー(具体的にはたぶんトイストーリー)にインスパイアされた作品らしいよ。

(言葉がない&16分くらいの短い作品なので、気軽に観られます☆)

youtu.be

忙しい飲食店のギスギスをたっぷり、とびきりの笑顔も一つまみ:ドラマ『一流シェフのファミリーレストラン』の感想

一切恋愛要素が出てこないという点で、まず珍しいドラマ」という口コミをTwitterで読んだので「それでどうやって物語の緊張感を保ってるのかな?」と思って観ることにした。恋愛も死も絡めないで緊張感を保てる物語を、私はいつも探している。


(だいたいの物語は何か「気になる要素(オチまで見守りたくなる要素)」をちりばめて、物語の緊張感を維持している。要素として挙げられるのは、主人公の出生の謎とか、事件の行く先とか、死んでしまった登場人物が死に至るまでの経緯とか。サスペンスの語源は「サスペンド(吊るす)」で、「客を不安・気がかりな状態で吊るしておく」ということらしいので、そういう意味ではこれらの「気になる要素」は全部「サスペンス」なんだよな。恋愛も「結局この人らは付き合うのか?付き合ってるとしたら別れずにいけるのか?」とか、客が気になる(かもしれない)要素をもりもり詰めやすいので、サスペンスの一種なんだと思う。さらに恋愛はいろんなジャンルと組み合わせやすい「サスペンス」で、多くの人が共感できるトピック(だと思われている)ので、やたら多用されてるんじゃないかな、と私は見ている)。


この物語では「死」はかなり重要なファクターになってるので恋愛も死も絡めない物語ではなかったんだけど、飛び道具的に「死」を描いていないから、そこがよかったな。

 

…と、しょっぱなから外堀(?)の話ばっかりしてしまったので、そろそろあらすじをば…。

 

カーミーは、ニューヨークの超一流レストランで才能ある若手として働いていた。しかし、兄の死をきっかけに、兄が経営していたシカゴの庶民的なサンドイッチ店を切り盛りすることにする。この店は歴史があるものの経営的に崖っぷちで、さらには不衛生で従業員の統率も取れていなかった。そんな中、優秀な料理学校を卒業した女性・シドニーが、カーミーの下で働きたいと履歴書を持ってくる。
シドニーと一緒に、二人が持つ経験と知恵をフル活用して店をなんとか変え立て直そうと奮闘するカーミー。しかしコミュニケーションが苦手な彼の奮闘は、うまくいかないことばかりで…。


前述した物語の「緊張感」、この話で一番それを担っていたのは、たぶん「ギスギスした空気」だった…笑。も--う最初からほとんど最後までず--っと誰かがどなっててFワード言ってる。ある程度忙しい飲食店で働いたことある人ならわかると思うんだけど、忙しい時間帯の飲食店スタッフって常に何かに追われている空気になっちゃうよね!で、速く動けない人は、忙しさを加速させてる戦犯としてめちゃくちゃ攻撃対象になるよね!!(←学生時代、飲食店のホールバイトしてて「速く動けない人」ど真ん中だった私)。飲食店でバイトしてたときのいや-な気持ちを鮮やかに思い出せる、おそろしい作品だった笑。

つら要素だけだったら(もちろん)観続けられなかったと思うけど、この作品はその状況からの人間の変化を丁寧に丁寧に描いていて、そこが好きだった、毎話2mmくらいしか人間関係が前進しないのでそのゆっくりさにびっくりするけど、だから「あっ、この人こんなふうに笑う人なんだ…」みたいな瞬間の高揚感が半端じゃなかったな…。そんな一つまみの最高の笑顔が、その物語を大好きだと思わせるのに十分な力を持つってことが、なんだか希望だったな…。
会社でもそうだけど、「えらい」ポジションにいる人も、そのポジションはあくまで役割であって、人間の「えらさ」を示しているわけじゃない。だから誰でも、他の人を人間として下にみて馬鹿にしたり、大事にしなかったりしていいわけじゃない。相手を尊重することとか、話を聞くこととか、相手の感情に注目することの大事さを、繊細なストーリーで描いている。自分がそこにいる意味をちゃんと実感しながら、自分は尊重されてるって思いながら働ける職場はいいよね(ていうか、そうじゃない職場には長くいられるわけないよね)。

と、ここまで人間描写の素敵さについて書いてきたわけなんだけど、編集の斬新さもこのドラマのとっても大きい魅力!料理シーン(またこれがねーめちゃくちゃおいしそうなのよ!特にローストビーフのサンドイッチと、リブのコーラ煮込み)とか、シカゴの街の様子とかの重ね方が面白い。音楽の使い方もべらぼうにかっこよくてときめくよ~。

実は「有害な男らしさ」について考える話にもなってると思うから、男性の生きづらさ(を取り巻く状況)についてふだん考えている人にもおすすめの作品です。

 

youtu.be

 

(Disney+で配信されてます。一話が基本的に30分以内なので観やすい。…にしても、邦題の『一流シェフのファミリーレストラン』って、変だよね。こんなにギスギスシーンが多い作品につけるタイトルではないと思うよ…笑。私は暗い男の人に色気を感じるので、常に疲れ切っているカーミーは色っぽいなーと思いながら観ました。でもちゃんと寝てくれカーミー。)

 

(あと私、マイキーについて描かれていることについては、西加奈子さんの『さくら 』にちょっと共通するものを感じた。みんなから太陽のような人だと思われている人、内面もぴかぴかの太陽だとは限らないよね。みんなが思う自分とは違う自分を見せられる場所も、人には必要なのかもしれない…)