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忙しい飲食店のギスギスをたっぷり、とびきりの笑顔も一つまみ:ドラマ『一流シェフのファミリーレストラン』の感想

一切恋愛要素が出てこないという点で、まず珍しいドラマ」という口コミをTwitterで読んだので「それでどうやって物語の緊張感を保ってるのかな?」と思って観ることにした。恋愛も死も絡めないで緊張感を保てる物語を、私はいつも探している。


(だいたいの物語は何か「気になる要素(オチまで見守りたくなる要素)」をちりばめて、物語の緊張感を維持している。要素として挙げられるのは、主人公の出生の謎とか、事件の行く先とか、死んでしまった登場人物が死に至るまでの経緯とか。サスペンスの語源は「サスペンド(吊るす)」で、「客を不安・気がかりな状態で吊るしておく」ということらしいので、そういう意味ではこれらの「気になる要素」は全部「サスペンス」なんだよな。恋愛も「結局この人らは付き合うのか?付き合ってるとしたら別れずにいけるのか?」とか、客が気になる(かもしれない)要素をもりもり詰めやすいので、サスペンスの一種なんだと思う。さらに恋愛はいろんなジャンルと組み合わせやすい「サスペンス」で、多くの人が共感できるトピック(だと思われている)ので、やたら多用されてるんじゃないかな、と私は見ている)。


この物語では「死」はかなり重要なファクターになってるので恋愛も死も絡めない物語ではなかったんだけど、飛び道具的に「死」を描いていないから、そこがよかったな。

 

…と、しょっぱなから外堀(?)の話ばっかりしてしまったので、そろそろあらすじをば…。

 

カーミーは、ニューヨークの超一流レストランで才能ある若手として働いていた。しかし、兄の死をきっかけに、兄が経営していたシカゴの庶民的なサンドイッチ店を切り盛りすることにする。この店は歴史があるものの経営的に崖っぷちで、さらには不衛生で従業員の統率も取れていなかった。そんな中、優秀な料理学校を卒業した女性・シドニーが、カーミーの下で働きたいと履歴書を持ってくる。
シドニーと一緒に、二人が持つ経験と知恵をフル活用して店をなんとか変え立て直そうと奮闘するカーミー。しかしコミュニケーションが苦手な彼の奮闘は、うまくいかないことばかりで…。


前述した物語の「緊張感」、この話で一番それを担っていたのは、たぶん「ギスギスした空気」だった…笑。も--う最初からほとんど最後までず--っと誰かがどなっててFワード言ってる。ある程度忙しい飲食店で働いたことある人ならわかると思うんだけど、忙しい時間帯の飲食店スタッフって常に何かに追われている空気になっちゃうよね!で、速く動けない人は、忙しさを加速させてる戦犯としてめちゃくちゃ攻撃対象になるよね!!(←学生時代、飲食店のホールバイトしてて「速く動けない人」ど真ん中だった私)。飲食店でバイトしてたときのいや-な気持ちを鮮やかに思い出せる、おそろしい作品だった笑。

つら要素だけだったら(もちろん)観続けられなかったと思うけど、この作品はその状況からの人間の変化を丁寧に丁寧に描いていて、そこが好きだった、毎話2mmくらいしか人間関係が前進しないのでそのゆっくりさにびっくりするけど、だから「あっ、この人こんなふうに笑う人なんだ…」みたいな瞬間の高揚感が半端じゃなかったな…。そんな一つまみの最高の笑顔が、その物語を大好きだと思わせるのに十分な力を持つってことが、なんだか希望だったな…。
会社でもそうだけど、「えらい」ポジションにいる人も、そのポジションはあくまで役割であって、人間の「えらさ」を示しているわけじゃない。だから誰でも、他の人を人間として下にみて馬鹿にしたり、大事にしなかったりしていいわけじゃない。相手を尊重することとか、話を聞くこととか、相手の感情に注目することの大事さを、繊細なストーリーで描いている。自分がそこにいる意味をちゃんと実感しながら、自分は尊重されてるって思いながら働ける職場はいいよね(ていうか、そうじゃない職場には長くいられるわけないよね)。

と、ここまで人間描写の素敵さについて書いてきたわけなんだけど、編集の斬新さもこのドラマのとっても大きい魅力!料理シーン(またこれがねーめちゃくちゃおいしそうなのよ!特にローストビーフのサンドイッチと、リブのコーラ煮込み)とか、シカゴの街の様子とかの重ね方が面白い。音楽の使い方もべらぼうにかっこよくてときめくよ~。

実は「有害な男らしさ」について考える話にもなってると思うから、男性の生きづらさ(を取り巻く状況)についてふだん考えている人にもおすすめの作品です。

 

youtu.be

 

(Disney+で配信されてます。一話が基本的に30分以内なので観やすい。…にしても、邦題の『一流シェフのファミリーレストラン』って、変だよね。こんなにギスギスシーンが多い作品につけるタイトルではないと思うよ…笑。私は暗い男の人に色気を感じるので、常に疲れ切っているカーミーは色っぽいなーと思いながら観ました。でもちゃんと寝てくれカーミー。)

 

(あと私、マイキーについて描かれていることについては、西加奈子さんの『さくら 』にちょっと共通するものを感じた。みんなから太陽のような人だと思われている人、内面もぴかぴかの太陽だとは限らないよね。みんなが思う自分とは違う自分を見せられる場所も、人には必要なのかもしれない…)