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守るもののために嘘をつき続ける勇気を、あなたは持てるか?:映画『由宇子の天秤』の感想

由宇子の天秤

 

去年か一昨年かにTwitterで話題になっていたなあということを突然思い出して、まああれだけ話題になってたなら良い作品であろう、と、配信観放題の範囲外だったが購入して観た。

で、すっごくよかった!ほんっっとにレベルの高い作品だった。しかし、まあ、重かった!!観たあともずっしり残る作品。一切すっきりしません。世界の理不尽さに押しつぶされます。今後も何かあるごとに思い出すだろうなと思う。


まず、あらすじ。

ドキュメンタリーディレクターの由宇子は、3年前にとある地方で起きた「女子高生いじめ自殺事件」を追っていた。由宇子がその事件を追うのには理由があった。当時、女子高生の自殺をきっかけに、報道合戦はエスカレート。学校はいじめを隠蔽するために、女子高生が講師と交際関係にあることをでっちあげ、女子高生を学校から退学させようとしたのではないかー?いじめられていたとされる女子高生は、素行が悪く講師に色目を使っていたのではないかー?真偽のわからない様々な情報がメディア上に飛び交い、交際を噂された講師にまでバッシングは及び、その講師も自殺してしまうという特異な事件だったからだ。由宇子は、テレビ局の保守的な方針と対立を繰返しながらも、遺族への取材を粘り強く続け、事件の真相に迫りつつあった。そんな時、由宇子は学習塾を経営する父から思いもよらぬ“衝撃の事実”を聞かされる。

Amazon『由宇子の天秤』紹介文より引用)

すべての役者陣と演出ががっつりはまってて素晴らしかったんだけど、主役の木下由宇子を演じた瀧内公美さん&その父を演じた光石研さんが、まああああ素晴らしかった!!

まず木下由宇子って人が、ほんとに素敵な女の人で。この人は、「自分が楽になるために正直さを選ぶ」ことをしない人。人を守るためにここまできっぱり嘘をつける(あるいは口をつぐめる)人、その罪悪感を背負い続ける勇気を持てる人、なかなかいないと思う(少なくとも私は一生できないと思う…勇気がない故の正直者だから…)。瀧内さんの目線とかたたずまいの説得力がすさまじかった。でも寄り添うべき人の前では柔らかい笑顔を見せるところも、人間として好きだなあ、なんてかっこいい人なんだろう、とまずそこに引き込まれた。彼女は判断が難しい場面で、一発で最善の答えを出せる。

 

で、ですよ!そんな由宇子さんが、父親のせいで、あることに対しても嘘を背負わなくちゃいけなくなってしまう。
そこまでの光石さん(由宇子さん父)がねー、超いい塾の先生って感じで、ああこの人は子供たちから愛されているだろうな、由宇子さん(ドキュメンタリーディレクターしつつ、塾の講師もして父親を手伝ってる)とのタッグもいい感じだなあ、この塾そのものが、きっと地元から愛されているんだなあ…うふふ…、と温かい気持ちで観ていただけに、ほんとにここのターニングポイントがつらくてね…。ショックだった…。“衝撃の事実”を明かしたあとのお父さんの、ことあるごとに狼狽する様子とかもうむかついて仕方なかったね。誰のせいで由宇子さんがこんな目に遭わされてるんだよ!っていう。なぜか他人事風の物言いなんだよな、この人!!今更冷静な大人ぶっても遅いですから!!(←と、リアルな怒りが発生するほど、光石さんの木下政志の体現ぶりがすごかったです。服装とか仕草とかも完璧でよォ…)


そこから先のストーリーは、意外な方(苦しい方)にどんどん転がっていきますので、あとはぜひ本編を観て、新鮮な気持ちで地獄に浸ってみてください…(嫌な勧め方)。


全体的に画面がちょっと古びた質感というか、独特の味わいがあって、出てくる人たちの会話も行動もごくごく自然だから、「ドキュメンタリーをつくる過程を撮ってるドキュメンタリー」を観ているような楽しみもあった。「世のドキュメンタリーをつくってる人たちは、きっとこういう葛藤を経て作品を世に送りだしてるんだなあ…大変な中、暗い所にいる人たちに光を当ててくれてありがとう…それを届けてくれてありがとう…」という気持ちにもなった(まあ、「光を当てる」こと、「届く」ことはいいことばっかりでもなくて。そういうマスメディアの功罪に向き合おうとしている作品でもあると思う、本作)。


<以下、断片的に、その他印象的だったところ(主に観たあとの方向け)>

・『岬の兄妹』の妹役だった和田光沙さんと、『恋人たち』で弁護士役だった池田良さん、またいい仕事をされています…。和田さんの役は、細かい感情の機微が丁寧に演じられていて、下手するとここで冷めちゃうぞーってシーンのテンションが維持されててすごかった(演出もよかったと思う、わかりやすさに重きを置いてるドラマとかだったらカメラが寄りそうなところを引いて撮り続けるから緊張感が続いてた)。池田さんの役は、池田さんだから醸せるユニークな存在感だったな。ちょっとユーモラスだけど不気味な人だった。

 

・由宇子と富さんの関係性がめちゃくちゃ好きだった。由宇子が富さんとため口で話してるところも含めて。上下関係の緊張感って萎縮を生むことのほうが多い気がするから、誰とでもあれだけフラットに仕事ができたらいいのになって思う。富さんは、由宇子に理想は捨てて現実を見るように言いはするけれど、自分の倫理観を曲げずに生きてる由宇子を羨ましく見てて、そのままでいてほしいとも思ってるんじゃないかな。一緒に観てた私の恋人は、「富さんは由宇子を『青い』って言ってたけど、それは昔自分自身が言われたことのある言葉だったのかもしれないね」って話してた。


・観終わったあと、恋人と「萌(めい)ちゃんのお父さんも画家になりたかったのかもしれないね」と話し合った(部屋の中にたくさん画集があったから)。古そうだったから、実家から持ってきたものなのかもしれないな。萌ちゃんとお父さんもつらいキャラクターでしたね。。。私は萌ちゃんが家の中で箸を使わせてもらえない理由の会話のくだりで感情が限界を迎えた…つらすぎた…。あと、海外の映画だと「奨学金」はシンプルに希望として提示されることもあるけど、日本の大学の奨学金って多くは借金になっちゃうからさー…それもすごいつらかったよ…。